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東京地方裁判所 平成4年(ワ)23005号 判決

原告

山中正

右訴訟代理人弁護士

冨永敏文

被告

株式会社武富士

右代表者代表取締役

武井保雄

右訴訟代理人弁護士

小倉良弘

寺崎政男

遠藤徹

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成四年一二月二八日以降毎月二八日限り各金七二万一八三二円、並びに平成四年一二月以降毎年七月一〇日及び一二月一〇日限り各金一六二万五〇〇〇円をそれぞれ支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文一項同旨

二  被告は、原告に対し、平成四年一二月二八日以降毎月二八日限り各金七二万一八三二円、並びに平成四年一二月以降毎年七月一〇日及び一二月一〇日限り各金二四〇万六〇〇〇円をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

原告は、昭和五二年七月、消費者金融業等を営む被告会社に雇用され、平成元年一一月から名古屋支社副支社長として勤務していたところ、被告会社は、平成四年一一月三〇日、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下、本件懲戒解雇という。)。

原告の右懲戒解雇前の平均賃金(通勤交通費を除く。)は、金七二万一八三二円であり、賃金支払日は毎月二八日である。また、原告は、毎年七月一〇日及び一二月一〇日に賞与を受給しており、平成四年七月分賞与は、金二四〇万六〇〇〇円であった。

本件は、原告が本件懲戒解雇の有効性を争い、原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することの確認と、平成四年一二月分以降毎月の賃金、並びに平成四年一二月分以降毎年の夏季及び冬季賞与の支払を求めた事案である。

二  争点

本件の主たる争点は、本件懲戒解雇の有効性と、賞与額であり、右各争点に関する各当事者の主張は以下のとおりである。

1  懲戒解雇事由に関する被告の主張

(一)本件懲戒解雇に至る背景事情

消費者金融に関する顧客情報につき、全国に三三の情報センターが設立されているところ、平成四年九月頃、そのうちの一つである徳島情報センターから、被告に対し、被告会社と同業の訴外株式会社パブリック(以下、パブリックという。)宮崎支店からの照会(いわゆる県外照会)が急増しているが、被告がこれに関係しているのかどうか問い合わせがあった。パブリックの代表取締役である訴外中村英俊(以下、中村という。)は、被告の元常務取締役であったためである。そこで被告が調査したところ、被告の顧客情報がパブリックに漏洩し、同社宮崎支店がこれを利用して顧客に借入勧誘のダイレクトメールを発送していることが判明した。

パブリックは、被告会社にとって競争関係にあり、顧客情報の漏洩は、被告及び顧客にとって由々しい事柄であるので、被告は、徹底調査に乗り出した。被告は、同年一〇月初旬から、被告の全国の顧客総数約一四五万人のうち約一〇三万人に対し、他の消費者金融業者からのダイレクトメール受領の有無について、電話による聞き取り調査(以下、本件ダイレクトメール受領調査という。)を実施し、約六〇〇〇名の顧客が他社のダイレクトメールを受領していることが判明した。その際、顧客から、「武富士しか利用していないのに、なぜいろんな会社からダイレクトメールがくるのか。」、「武富士は顧客リストを売っているのか。」等の苦情が寄せられた。右調査の結果、ダイレクトメールは、被告の管理する顧客情報に基づき、パブリックほか一一社から発送されているものであることが判明し、被告の顧客情報が右一二社に対し、不正かつ大量に流出したものと考えられた。

被告は、全従業員に対し、顧客情報漏洩調査に対する協力を要請し、その結果、パブリックほか二社の関係者、すなわち中村らから、従業員引き抜き及び顧客カード持ち出し教唆等の事実があったことが判明した。

そこで、被告は、全従業員に対し、平成四年一〇月二日付け通達を始めとして、再三にわたり引き抜き勧誘に対する防御及び顧客情報の管理の徹底並びに競業他社の関係者との接触の防止を呼び掛け、特に管理職に対しては、被告の営業上の秘密を保持し、他に漏洩しないこと、違反した場合は懲戒解雇の制裁を受けても異議のないこと等を約した「管理職誓約書」の提出を求め、原告も同年一一月九日付けでこれを提出していた。

(二)本件懲戒解雇事由

被告が右調査を進める過程において、原告と中村が親密な交際をしているとの情報が被告に寄せられた。そこで、被告は、同年一一月二七日、原告を東京本社に呼出し、事情聴取を行ったところ、原告は、中村との交際を一切否定した。

ところが、原告は、翌二八日になって前言を翻し、中村と親密な交際をしてきた状況及び同人に対して被告社内の前記調査状況に関する情報提供をしてきたことを供述し、その旨を記載し、かつ「現時点での原告の行動については弁解の余地がなく反省している。ついては解雇及び退職金不支給処分についても異議がない。」旨記載した始末書(以下、本件始末書という。)を提出した。

被告は、社内調査開始時において、情報提供者についてはそのことを不問に付す旨を通達したにもかかわらず、原告はこれを秘匿したままであった。そして、原告は、被告が全社一丸となって調査を進める状況下において、名古屋支社副支社長の要職にありながら敵対関係にある中村に対して情報提供を行っていたものであり、重大な背信行為である。

また、原告は、被告と敵対関係にあるパブリックから沖縄旅行の招待を受け、同社の店長会議に出席したり、中村とともに再三にわたって旅行、飲食を重ねてきた。このような行為は個人的交際の範囲を超えたものであり、原告の右地位に照らし、あるまじき行動である。

原告の右各行為は、被告の服務規律を定める就業規則四九条二号(「会社並びに得意先の機密や内情を外に洩らす等、会社の名誉と信用を傷つけるようなことはしないこと」)、八号(「会社名、又は職務上の地位を利用して私事に関する金品の貸借、保証、又は贈与、供応を受けないこと」)に違反し、懲戒事由を定める同六〇条一号(「会社の定める諸規定に従わないとき」)、六号(「会社の名誉又は信用を傷つけるような発言・行為をしたとき」)、七号(「業務上虚偽の報告をしたとき」)、八号(「許可なく会社を利用して私事の利益をはかったとき」)、一七号(「不正不義をして社員として対面を汚すような行為があったとき」)及び懲戒解雇事由を定める同六一条一号(「前条に該当し、その情状が重いとき」)、四号(「業務上の指示命令に従わず職場の秩序を乱したとき」)、六号(「会社の機密を他に洩らしたり、又は洩らそうとしたとき」)、七号(「会社の許可を受けないで在籍のまま他の事業の経営に参加若しくは従事したり、公務に服し、又は営業を営むとき」)、九号(「会社の名誉、信用を汚したとき」)、一一号(「職務上の地位を利用し第三者から報酬を受ける約束が判明したとき」)に該当するものである。

2  懲戒解雇事由に対する原告の反論

中村は、被告会社の代表取締役である武井保雄(以下、武井会長という。)の義弟であり、原告が被告会社の鳥取支店長のとき大阪支社長、原告が横浜支店及び川崎支店の支店長のとき東京支社長、原告が城北ブロックマネージャーのとき東京支社長、原告が大宮副支社長のとき営業統括本部長、原告が神田ブロックマネージャーのとき営業統括本部長の各地位にあり、ずっと原告の上司であった。原告は、鳥取支店長のとき大阪支社で会議があると、帰りに中村の自宅に招かれたし、川崎支店長のとき以降はゴルフ、競輪などに招かれた。また原告は中村の推薦により城北ブロックマネージャーに昇格できたし、結婚の際も中村に相談するなどし、公私にわたり世話になったが、このことを被告から非難されるいわれはない。

原告は、中村が平成二年八月三一日に被告会社を退職した後も同人との家族ぐるみの交際を継続したが、原告に限らず、同人退職後、「英俊会」なる同人を囲む会が作られ、被告会社の取締役である中島裕次(以下中島という。)、近藤光(以下、近藤という。)、豊嶋清(以下、豊嶋という。)らも中村との交流を深めており、原告の上司であった名古屋支社長の豊嶋は、中村の退職後に同人と二、三回マージャンをやったり、平成四年九月二五日と翌二六日、原告とともに中村と名古屋で飲食し、競輪場に行っている。

原告は、事前に豊嶋から許可を得た上、平成四年三月二〇日から二二日にかけ、中村から招待を受けた沖縄旅行に参加したが、同旅行中に開かれたパブリックの店長会議に参加しておらず、妻とともに島内観光をしていた。

平成四年一一月二七日、原告は、被告の東京本社において、営業統括本部長である中島らからパブリックに顧客情報を流したのではないかと詰問を受けた。しかし、原告は全く身に覚えがなかったので、きっぱりとこれを否定した。翌二八日、原告は豊嶋名古屋支社長とともに再び東京本社に赴き、本件始末書を作成・提出した。原告は、同始末書において「今まで、中村氏に武富士の社員をパブリックにまわしたり、情報リストを渡したりといった会社に対しての裏切り行為は一切ございません。」と記載しているとおり、被告会社に対して何らやましい行為を行っていない。同始末書中の「本件につき、解雇退職金の取消等いかなる処分を受けましても一切異議がございません。」との文言は、武井会長宛に謝罪文を書けば穏便に済ましてやると示唆され、被告に備えられているひな型の文言をそのまま書き加えたにすぎない。本件始末書に記載された平成四年一〇月二六日及び同年一一月九日の中村との会話は、前記のとおり家族ぐるみの交際をしている同人からの電話に対し、差し障りのない範囲内で答えただけである。なお、原告は、同年一〇月二六日に中村から電話があった旨を豊嶋に報告している。

原告は、本件始末書において、中部レンダースの顧客情報漏洩問題に関する対応、被告会社の副支社長の人事異動、本件ダイレクトメール受領調査状況に関し、中村に情報提供した事実を告白しているが、中部レンダースの対応に関する情報とは、顧客情報漏洩問題について中部レンダースのみ重大にとらえてくれたというものであるが、右対応はいわば当然のことであり、客観的にみてパブリックにとってさしたる関心事ではない。被告会社の副支社長の人事異動については、被告会社は人事を公開しているし、原告が中村に告げたのは九か月も前の人事異動である。本件ダイレクトメール受領調査の状況については、原告は、中村に対し、本件ダイレクトメール受領調査中であることを告げたが、右事実は同人が既に豊嶋名古屋支社長が得ていた情報であり、その価値は少なく、右ダイレクトメールの調査結果をまとめた集計表(〈証拠略〉)については、原告はその内容を中村に告げたことはない。そもそも原告は、右集計表を見たこともなく、その内容も不正確なものである。したがって、右各情報提供の事実はいずれも懲戒解雇事由にならないものである。

以上のように、被告の主張するところは、いずれも本件懲戒解雇事由に当たらないものである。被告が中島、近藤及び豊嶋らと中村との付き合いには目をつむり、原告と中村との付き合いだけを問題視して懲戒解雇したのは、被告の退職者が経営するパブリックほか一一社をたたき、また被告の旧社員であるこれらの会社の社員と被告の現社員の交流を遮断するため、見せしめとして懲戒解雇したものである。

仮に、被告が本件始末書に記載された事項に基づいて本件懲戒解雇を行うのであれば、被告は、社員に対し、「正直に申し出れば不問に付そう。」と通知しているのであるから、右懲戒解雇は、信義則に違反し、無効というべきである。

3  賞与額に関する被告の主張

賞与の基準については、被告会社では、営業項目で八項目、管理項目で九項目、管理者行動項目で四項目に細分し、本人に対する評価を行い、その結果を集計して七段階に成績をランク付けして総合評価している。平成四年一二月における原告の総合評価は、本人の職務怠慢、素行不良等により最低の一ランクであり、金一六二万五〇〇〇円がその賞与額となる。

第三争点に対する判断

一  本件懲戒解雇の有効性について

1  争いのない事実と、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五二年七月に被告会社に入社して以来、昭和五四年二月に錦糸町店支店長、同五五年一月に鳥取店支店長、同五六年三月に横浜店支店長、同年一〇月に川崎店支店長、同五七年二月に城北ブロックマネージャー、同年四月に新潟マネージャー、同年九月に仙台支社副支社長、同五八年八月に仙台支社長、同六〇年六月に札幌支社長、同六一年二月に大宮支社副支社長、同年一〇月に神田ブロックマネージャー、平成元年五月に前橋キー支店長を歴任し、同年一一月一三日、名古屋支社名古屋地区副支社長に就任した。これにより原告は、名古屋支社長である豊嶋を補佐し、名古屋地区に属する四ブロック、三八支店の営業・人事管理を行う地位にある。

(二) 平成三年六月頃、顧客の消費者金融に関する信用情報を管理する徳島情報センターから、被告会社に対し、パブリック宮崎支店からの照会(いわゆる県外照会)が急増しているが、被告会社がこれに関与しているかどうかとの問い合わせがあった。パブリックの代表取締役である中村は元被告会社の常務取締役であったので、右問い合わせがなされたものである。

(三) パブリックは、平成二年八月四日に設立された消費者金融会社であり、千葉市を本店所在地とし、北海道、本州及び九州に二〇店舗を有する。同社の代表取締役である中村は、昭和四三年三月に被告会社に入社し、昭和五四年に名古屋支社長、同五五年に大阪支社長、同五六年に取締役東京支社長、同六〇年に取締役福岡支社長、同六一年に常務取締役営業統括本部長を歴任し、昭和六三年に被告会社の関連子会社のセーフマンの代表取締役に就任し、平成二年八月に同社を退職した。同人の実姉は、被告会社の武井会長の妻であり、右退職後も被告会社に人脈は多く、「英俊会」なる同人を囲む会が年二、三回開かれ、被告会社の取締役である中島、近藤、豊嶋らもこれに出席していた。同会では、被告会社の営業活動や人事異動に関する事柄が話題にのぼった。

また、中村は、原告の上司であった期間が長く、原告は、同人に昇進の推薦をしてもらったり、結婚の際に相談に乗ってもらうなどしており、公私にわたって世話になっており、同人が退職してからも家族ぐるみの交際を続け、電話等で頻繁に連絡を取り合っていた。

(四) 被告会社は、前記県外照会の増加は、パブリック宮崎支店から徳島在住の顧客に対し、ダイレクトメールが発送され、これに基づき右顧客から融資申込がなされたためのものであると推断した。そして、パブリックがダイレクトメールを発送しているのは、被告会社の顧客情報が同社に漏洩したためであろうと推断し、徳島情報センターや同様に県外照会が多かった高知情報センターから事情を聴取した。更に被告会社は、平成四年一〇月初旬頃、本社で開かれた支社長会議において、被告会社の全支店において、顧客に対し、同業他社からのダイレクトメール受領の有無について電話による聞き取り調査(本件ダイレクトメール受領調査)を行うよう指示した。同会議には、名古屋支社から、豊嶋支社長及び副支社長である原告も出席していた。

右電話聞き取り調査は、被告会社の総顧客約一四(ママ)万五〇〇〇人のうち、約一〇三万六〇〇〇余人に対し、パブリックほか一一社の被告会社の元社員が経営する消費者金融会社からダイレクトメールが届いたかどうかを問い合わせるものであり、約二九万四〇〇〇人から回答を得ることができ、その内六〇五〇人が右各社からダイレクトメールを受領した旨回答した。右集計結果をまとめた同年一〇月三一日付け文書(〈証拠略〉)は、同年一一月初旬頃、全支社にファックス送信された。

(五) 右調査と並行して、被告会社は、営業統括本部から社員に宛て、被告会社の元社員が経営する同業他社から転職勧誘があった場合は速やかに支社長に報告するよう求める平成四年一〇月二日付け文書(〈証拠略〉)パブリックほかの同業他社から顧客情報提供の勧誘があったかどうか報告を求める同月一二日付け文書(〈証拠略〉)、同様の報告を求め、被告会社の武井会長が「正直に申し出れば(情報を漏洩したことを)不問に付そう。」といっている旨述べた同月一五日付け文書(〈証拠略〉)、いまだ報告をしていない社員にもう一度チャンスを与え、正直に申し出れば不問に付すが、申出がなく、後に発覚した場合は断固とした姿勢で臨む旨述べた同年一一月二日付け文書(〈証拠略〉)、社員に対する転職勧誘や顧客リストの提供勧誘方法を紹介した同日付け文書(〈証拠略〉)、武井会長から社員に宛て、顧客情報の不正漏洩は、顧客のプライバシーを侵害する重大な背信行為であること、顧客情報提供及びその勧誘、転職勧誘に関し、些細なことでも報告するよう求め、これが最後のチャンスである旨述べた同年二四日付け文書(〈証拠略〉)を次々と発した。

更に、被告会社は、管理職に対し、被告の営業上の秘密を保持し、これを他に漏洩しないこと、違反した場合は懲戒解雇の制裁を受けても異議のないこと等を約した「管理職誓約書」の提出を求め、原告も同年一一月九日付けで同誓約書(〈証拠略〉)を提出した。

(六) 被告は、前記調査結果に基づき、平成四年一一月一〇日、被告従業員に対する顧客名簿横領教唆者としてパブリックや中村らを刑事告訴した。

また、被告は、同月一一日、社団法人千葉県貸金業協会に対し、パブリックを除名すべき旨の上申書を提出し、これによりパブリックは除名には至らなかったものの、厳重注意処分を受けた。

(七) 被告会社は、同年一〇月中旬頃、名古屋地区の情報センターである中部レンダースが顧客情報漏洩問題を重大に受け止めているとの事実をパブリックが既につかんでいるとの情報を、パブリックの内情に詳しい者(氏名不詳)から得た。そして、右事実をパブリックに流したのは、名古屋支社長である豊嶋か、あるいは同副支社長である原告であると推測した。

同年一一月二七日、被告会社の営業統括本部長である中島から、原告に対し、豊嶋を通じて本社に出頭するようにとの指示がなされ、原告は、同日午後四時頃、本社に赴いた。本社において、原告は、右中島らから、「顧客情報リストの漏洩をしていないか、中村と連絡をとっていないか」等と質問を受けたが、いずれも否定した。武井会長からは、「中村に会社の経営は難しい、うまくいくものじゃない。(武井会長と同居している)中村の両親に顔を見せないのは親不幸だといっておけ。」などといわれ、午後九時頃、被告会社本社を退出した。そして、原告は、帰りの新幹線の社内電話で、豊嶋と中村に連絡を取った。その際、原告は豊嶋に対し、中村と連絡を取り合っている事実を否定した旨告げたところ、豊嶋は、中村と連絡を取り合っていることも武井会長に全て話してあるとのことであった。

翌二八日、原告は、豊嶋の勧めもあり、武井会長に中村との付き合いの内容を全て打ち明ける決心をし、豊嶋とともに同日午後一時頃、本社に赴いた。同日は、土曜日であり、武井会長は不在であったが、原告は、中島の指示により、武井会長宛に中村との交際状況を記載した本件始末書(〈証拠略〉)を作成・提出した。同始末書には、平成元年八月以降、同四年九月二五日までの間、中村と一緒に旅行に行ったり、飲食をともにした経過を詳細に記載した。その中には、平成四年三月二〇日から二二日にかけて沖縄旅行に招待を受けて妻とともに参加したが、その際パブリックの店長会議が開かれたことも含まれている。また同年一〇月二六日及び同年一一月九日の電話でのやり取りを詳しく記載した。その内容は、近藤らがパブリックの従業員を引き抜きに来たこと、被告会社でダイレクトメール調査中であること、武井会長の妻の病状や入院先に関する会話であり、原告は、中村に対し、「情報センター回りをしたが、情報センターから漏れたリストなら動かざるを得ないが、現状だと何ともいえないとの返答が多く、中部レンダースのみ重大に捉えてくれた。」旨告げたことである。その他原告は、同年一一月一八日、被告会社の組織変更、すなわち松永が大宮地区の副支社長に就任した人事異動について中村に連絡したが、中村は既にその情報は得ている旨述べたことも記載した。

そして、原告は、本件始末書において、「今まで、中村氏に武富士の社員をパブリックにまわしたり、情報リストを渡したりといった会社に対しての裏切り行為は一切ございません。」「ただ現在の状況の中、私自身の行動に関して弁解する余地もなく反省しております。ついては本件につき解雇、退職金の取り消し等いかなる処分を受けましても一切異議がございません。会社の指示をお待ちします。何卒寛大な処置をお願い申し上げます。」と付記した。

なお、豊嶋も武井会長に宛てて報告書を作成・提出した。

(八) 翌二九日頃、被告会社において、原告に対する懲罰委員会が開かれた。同委員会では、原告を懲戒解雇することについて反対意見を述べる者が二人いたが、ほとんどが賛成意見であり、本件懲戒解雇を決定した。

そして、被告会社は、原告に対し、平成四年一一月三〇日付け懲戒解雇通知書(〈証拠略〉)を交付した。同通知書には、懲戒解雇理由として就業規則六〇条一号(「会社の定める諸規定に従わないとき」)、二号(いちじるしく自己の職責を怠り誠実に勤務しないとき」)、同六一条一号(「前条に該当し、その情状がおもいとき」)、六号(「会社の機密を他に漏らしたり、又は漏らそうとしたとき」)に該当する旨記載されている。

豊嶋は、同年一一月三〇日付けで営業統括本部付役員に降格となった。

2  右認定事実に基づき、本件懲戒解雇が有効なものかどうかについて判断するに、まず原告は、中村が被告会社を退職した後も、同人と家族ぐるみで旅行したり、飲食をともにする等、親密な交際をしていたものであるが、右交際をすること自体は私事にわたる事柄というべきであり、被告会社が懲戒の対象とすることはできないものである。もっとも原告は、平成四年三月二〇日から二二日にかけて中村の招待を受け、沖縄旅行をしたが、その際パブリックは、同所で店長会議を開いており、原告の旅行が右店長会議に関連するものであれば、私的交際とはいいがたいが、原告は、右旅行をするについて、名古屋支社長である豊嶋の許可を得ており、原告は、「パブリックの店長会議中は、中村の妻や中村の妻の父、自分の妻らと島内観光をしていた」旨供述しており、右店長会議に出席する等、被告会社に対する背信行為を行った事実を認めることはできない。また原告は、常日頃から中村と電話連絡を取り合い、被告会社の人事や最近の出来事等に関する事柄を告げていた事実が認められるが、中村と右のような交際を続けていたのは原告のみにとどまらず、被告会社の役員で、原告の上司である豊嶋や中島、近藤らも中村と飲食をともにし、或いは電話等で頻繁に連絡を取り合い、人事問題を話題にのぼらせる等する交際を最近に至るまで続けていたものであって、原告と中村との電話連絡の事実をもって懲戒解雇事由とすることはできないというべきである。

次に、被告会社は、前記のとおり、パブリックに被告会社の顧客リストが漏洩したと推断し、これを重大な事態と捉え(もっとも、中村は、「四国の顧客リストは、大阪の業者から購入した。」旨供述しており、その真相は不明というほかない。)、大々的に本件ダイレクトメール受領調査を行い、また社員に対し、再三にわたり、パブリック等の関係者から顧客リスト漏洩や転職の勧誘について通報するように呼びかけをしていたところ、原告は、右呼びかけに応じず、また平成四年一一月二七日、被告会社本社において営業統括本部長である中島らから、顧客リストを漏洩していないか、中村と連絡を取り合っていないか等と質問を受けた際、中村とは頻繁に電話等で連絡を取り合っていたにもかかわらず、これを否定する回答をしたことが認められる。しかし、顧客リスト漏洩や転職の勧誘については、中村から原告に対し、右勧誘がなされた事実を認めることはできず、そもそも原告が顧客リストを入手できる立場にもなかったから、右通報をしなかったこと、或いは中島からの顧客リスト漏洩の有無に関する質問に対し、これを否定したことをもって、原告に非があるということはできない。

もっとも、原告は、中島から中村との連絡の有無に関する質問を受けたのに対し、事実に反してこれを否定する回答をしたものであって、懲戒解雇事由を定める就業規則六一条四号の「業務上の指示命令に従わ」ないときに該当するというべきであるが、原告は、翌二八日には、豊嶋の助言もあり、中村との交際状況について、本件始末書を作成する等して全て打ち明けており、同始末書では、自らの行動について反省の意を表明しているし、前記回答をした動機については、「豊嶋も原告同様に中村と親密な交際をしていたことから、自分が中村との交際について話せば、豊嶋に迷惑がかかるのではないかと思った。」旨供述しており、右動機に酌むべき点がないとはいえず、右行為は、懲戒解雇に価いするほど重大な非行であると認めることはできない。

そして、原告が平成四年一一月二八日に作成した本件始末書によれば、原告は、中村と電話による会話をした際、同年一〇月二六日及び同年一一月九日に、被告会社が顧客に対する電話による聞き取り調査を実施中であること、中部レンダースが顧客情報漏洩問題を重大に捉えていること、また同月一八日に被告会社の組織変更について告げたことが認められ、右各事実は、前記就業規則六一条六号の「会社の機密を他に洩らしたり、または洩らそうとしたとき」に該当するというべきである。しかし、原告が中村に告げた事実中、顧客に対する電話聞き取り調査及び被告会社の組織変更については、同人にとって既知の内容であり、中部レンダースの顧客情報漏洩問題の受け止め方についてもさして重大な事実と認めることはできない。そして、他に原告が被告会社の企業秘密に属する事項を中村に漏洩した事実を認めるに足りる証拠はない。原告は、前記会話において、中村からも種々の情報を得ているのであって、豊嶋らが同人と頻繁に連絡を取り合っていたのも、互いの情報交換の色彩が濃く、また被告会社自体も顧客情報漏洩問題に関して何らかの情報を得るべくパブリック関係者に接触した事実も窺われるのであって、原告のみに対し、情報漏洩に関する規律違反を問うのは酷であるといわざるを得ない。

なお、原告は、本件始末書において、「本件につき、解雇、退職金の取り消し等いかなる処分を受けても異議がない。」と記載したが、このように記載することによって、被告会社から懲戒解雇に至らない寛大な処置を受けられるようにと期待したものであって、真意に出たものとは認めがたい。

そうすると、原告が中村に対して右各事実を告げたことをもって、懲戒解雇に価いする程の重大悪質な非行と認めることはできず、その他、原告について被告会社の懲戒解雇事由を定める就業規則六一条各号に該当する事実を認めることはできず、本件懲戒解雇は無効というべきである。

二  賞与額について

被告は、原告の平成四年一二月の賞与額について最低評価の金一六二万五〇〇〇円に当たる旨主張するところ、原告が右金額を超える賞与を受け得ることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告が被告会社社員の地位を有する限り、毎年夏期及び冬季に少なくとも右同額の賞与を受け得るものと認められる。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することの確認と、被告に対し、平成四年一二月二八日以降毎月二八日限り各金七二万一八三二円の賃金、並びに平成四年一二月以降毎年七月一〇日及び一二月一〇日限り各金一六二万五〇〇〇円の賞与の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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